09/05/2026
✨こころの移動温泉活動の今後: 脱皮して次へ✨
フォロワーの皆さま、いつもありがとうございます👽✨
Source(源泉)のみみ Ryioです。
4月には、ギフト的に場をひらいていただき、ワイガヤイベントが開催できました。
これまで、移動温泉に何度も足を運んでくださっていただけでなく、契約関係のあるお仕事の中でも長くお世話になっている方の開催でした。表面的には、移動温泉でしてきたことと同じ感じの対話会でしたが、準備から当日の終了までのエネルギー循環が従来と全く違い、大変安定した心地よいものになりました。感謝しかありません✨
この機会に活動全体を見直し、整理しました。
結果、こころの移動温泉は「源泉を出前する活動」にシフトチェンジすることにしました。
移動温泉活動は、公共性がとても大切です。
この活動に、個人の資金を投じてきた経過はあるものの、
寄付の残金(数千円)と、助成金活動から引き継いだ物品があります。そのため、カタチを変えての運営には抵抗がありました。
が、このたびのイベントがきっかけで、わたしの活動に他者の眼が入ることになり、従来の形を手放せるタイミングが来たと判断しました。
以下、意思決定の経緯と、今後の運営についてご説明いたします。
ご関心がある方は、是非、ご一読くださいませ👽✨
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<コンテンツ>
1. なぜやめないのか? なぜうまくいかなかったのか?
2. なぜ出前か?
3. 今後の方向性
4. 金銭と物品をどうするか
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1. なぜやめないのか? なぜうまくいかなかったのか?
こころの移動温泉は、わたしが実現を願ってやまない「真の多様性社会(= 多様性社会という言葉が不要な社会)」のプロトタイプになるもので、大変大切なものです。
これは、自律の生き方(哲学)を説いた自著『社会的臨死状態でした。』に書いたとおりに生きる「自らの在り方」とも重なっています。
それは、
『ほんとうに人にとってよいケアとは何か』という問いの答えを実践することでもあり、
わたしが大切にしている人対人のピアサポート文化の醸成とも深く関連しています。
立場・肩書をはずして宇宙人(地球の人間は宇宙からみたら、みんな宇宙人= 人間はだれもが等価である という意味の宇宙人)になったのも、
自律の生き方を体現し、自ら掴んだケアの答えを実践し、その先に見据える真の多様性社会を創るためなのです👽✨
つまり、一見するとアヤシイと思われかねない(たぶん思われてる)活動を、どんなに貧乏くじをひいてもやめないのは、わたしが生きるということそのものだからです。
「わたしが生きられないなら、それは、わたしが生きる意味は無いという社会からの最後通告なわけだから、もう生きなくて結構です」 という覚悟があるので、やめるという選択肢がありません。
ならば、何故、誰にでもわかりやすい活動をしないのか?
その答えは……
「わかりやすいフレーズをかかげ、いい活動だと思ってもらいやすい社会活動」には、「意図せずとも落とし穴(死角)が出来てしまう」からです。(これも看護学を対象とした科学哲学研究で掴んだ答えです)
落とし穴(死角)は、簡単に生まれます。
「いいこと」を説明すると、必ず「いいことではないこと」が生まれるからです。戦争反対と言い続けても戦争が無くならないのと同じです。
(解説: 戦争反対と言い続けても、戦争が基準になっている限り、戦争のない社会はつくれません。平和を語る際に戦争を持ち出すと、戦争の存在に依存した平和論になるのです。真の平和を語るなら、戦争を持ち出さずに平和を語るべきなのです。そこをつきつめると、倫理学で議論されてきたこと、人間にとって絶対にしてはならないことは何かを議論することになります。倫理にはたくさんの学説がありますが、わたしは枠を持たない自律の哲学で生きています)
つまり、多くの社会活動がそうであるように、発案者が枠組みを提示してその形を創ろうとすると、必ずその枠からはずれるものが生まれるのです。そのため、わたしがどんなにコトバをつくして真の多様性社会を説いたとしても、結果的に真の多様性社会というものが生まれなくなってしまう……そういうパラドックスがあるのです。
移動温泉活動は、これまで様々な形で再開・継続を試みながら、うまく行きませんでした。自ら企画の枠を提示するやり方では、
次の二つの問題をどうしても回避できなかったのです。
a. どんなに枠をひろげても(うすめても)枠がある限り、自分の生き方に嘘をつくことになり、長期化すると死んでくる(生きられない)
b. 枠をひろげると理解が得られにくく、一定の信頼関係がある同じ人しか入って来られない。何度もミーティングを繰り返すうちに、同じメンバーだけのなれ合いになり場が死んでくる。結果、ますます人が入って来なくなる(生きられない)
b.を回避するためには、企画者のわたしががんばって集客すると言う話になるわけです。もしもそれをやるなら、わかりやすい枠を出してターゲットを決めるということになります。すると、真の多様性社会を育てるという目的からそれていくばかり……つまり、目的と手段が逆転し、死んでくるということになります。
つまり、わたしが独りでやることは、真の多様性社会を創るという意味において、誤りだということです。
考えてみれば、当たり前です。
真の多様性社会は、自然にできるものだからです。誰かがつくるものではありません。
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2. なぜ出前か?
移動温泉活動だけに焦点を当てれば、全く前に進んでいないように見えますが、Source(源泉)であるわたし自身は進化を続けてきました。源泉に不純物を入れないために、自分自身の精神性の純度を高める生き方をしてきました。
そうして、「やれることを、純粋にやってみる」という活動方法で生きてみた結果、意外なことに気づきました。
それは、「みみさんを持ってきてほしい」と言われたものだけが長続きするということです。
つまり、わたしがわたしとして居ることを要求されている場合に限り、わたし自身もさらに純度を高める生き方ができ、依頼者も同様に変化してくる……というわけです。依頼者が開く場の目的によって、変化(効果)が現われてくるまでにかかる時間は様々ですが、健康的な相互作用が生まれる、自律が促される方向に動いていくのです。
(とはいえ、その経過の中に居ると、どんな結果になるか見えないので、わたしも含めそこに居合わせる人皆がただ必死で生きているだけです。時に問題が起こったりするものですが、それを、置き去りにせずその場を構成する皆で解決していきます。その際、自律の軸がともに生きる手綱になります)
自律的な生き方が苦痛な方は、距離があくことになりますが、わたし自身、距離があくことをゆるす居かたをしていますし、そのような居かたをすることを知っている方が「みみさんを持ってきて」とお声がけくださるので、問題はないわけです。
そして、ここ数年の活動全体を俯瞰したときに気づかされたのは、「こころの移動温泉とは別に実践してきたことが、こころの移動温泉で実現しようとしてきたものになっていた」ということです。
わたしの精神とともに時を過ごして(居て)みたいと思う方が現われ、その求めに応えて、わたしの居かたでその場に居ると(居かたは色々ですが、根底の法則性はすべて同じです)、すべて移動温泉になる……そんなパターンが見えてきていました。
そこに、「みみさん持ってきてちょうだい企画」のワイガヤイベントが立ち上がり、安定感のある運営を経験させていただいて現在に至ります。
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3. 今後の方向性
これまで、こころの移動温泉は、個人で実施する対話の場づくりのボランティアとしてきましたが、これをやめます。
今後のこころの移動温泉は、「みみさんを持ってきて」というご依頼で実施する小集団の共育活動とし、主催者が開いた場に出向く「出前方式」で継続していくことに致します。
また、報酬をいただかない活動に位置付けてきましたが、それもやめることにしました。
去る5月8日、4月にワイガヤイベントを企画してくださった方と、新たな応援者との3人で、ワイガヤ的な打ち合わせをしました。(打ち合わせにも、みみさんを持って行ったので、ホワイトボードを使ったワイガヤになりました)
その際、わたしが無償で引き受けるということに違和感があるというご指摘もあり、ありがたくお気持ちを受け取ることにしました。
わたし自身は、個人として天(宇宙)との契約で生きており、市場経済の仕組みの外で活動することを大切にしています。
実は、
有償の契約を結ぶ場合にも、Willingness to Pay (支払う方の意志払い)を採用しており、自分の価値を自分で決めて売ることをしておりません。(交通費などの実費以外は、一円以上ならいくらでもよいというカタチにしています。つまり神社のお賽銭と似たような感じです)
地域のイベントであっても同じ法則性にするのが自然です。
報酬を受け取れる時には受取り、受け取れない時は受け取らず請求もしない……というカタチで前に進んでみようと思います。
とはいえ、移動温泉には、従来型のものから引き継いだいくらかの資金と物品があります。
これについてどうするかは、次の項をご参照ください。
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4. 金銭と物品をどうするか
現時点で決めていることは、たった一つ、お財布を個人のものとは別にすることです。そして、前の活動から引き継いだ寄付金ともお財布は別にして管理します。
今のところ、地域の有志の方たちがひらいてくださる「ワイガヤ」に関しては、報酬を受け取ったとしても、直接個人の収入とはせずに資金を循環させる方向で考えます。ただし、どのように循環させるかは決めておりません。(以前のように、いただいた寄付で自らイベントを企画する等のことは考えておりません)
また、物品(ほとんどが消耗品)に関しては、在庫が底をつくまで、「みみさん持ってきて」の際に一緒に持って行って使う、という方法で消費していくことにします。
消費してしまったら、前活動から引き継いだ寄付金から支出して物品に変え、ゼロになるまで運用していきます。(報告はこのサイトで)
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現時点では、以上です。
ここまで読んでくださった方は、読むのが大変だったと思います。部分的にでも御目通しいただいた方には、心より感謝申し上げます✨
小さな活動ですが、折に触れて足跡を残し、
活動の説明責任をはたす姿勢は失わないようにしたいなと思っています。
宇宙人のくせに?
いや、宇宙人だからなおのことです。
何故なら、わたしには、護ってくれる立場もなければ組織もなく、何も持たないからです。
何も持っていませんが、わたしには精神性と知性がある。
お金はないけれど、時間と体力はまだある。
なので、それらを使って、今できることをさせていただきました。
できなくなったら、その都度柔軟に考え、軸ブレせずとも出来るカタチで無理なくやって行けたらいいかなと思っています👽✨
今後ともよろしくお願い申し上げます🌈✨
文責: みみ Ryio