29/04/2026
共感 ①
他者の視点に立ち、その経験や感情を自分ごとのように理解・共有し、寄り添う能力
定義すれば、このようにきれいにまとまりますが、
現実世界の<共感>は、なかなかややこしいものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
コロナ禍の真っ最中、感じたことがあります。
それは、
「世間の人(々)は、こんなに風邪をひかないものなのか」(驚)
幼少期から恒例行事のように風邪をひく私には、風邪症状はとても身近で、新型コロナ感染症の症状を聞いた時は率直に、「風邪に似てるなぁ」と感じました。
公的には、コロナ禍から現在進行形で「ただの風邪ではない」と強く喧伝されているので、実際に 新型コロナ感染症はそれまでのコロナ風邪とは一線を画すものだと承知するように努めていますが、
病弱な私には、高齢者や持病のある方が、風邪をこじらせ入院するのは とても自然なこと、という思いがどこかにあり、
<新型コロナ感染症は特段 脅威だ>と感じていないというのが、不謹慎ながら、私の現在進行形的な<新型コロナ観>です。
風邪の体質の私には、風邪をひいた時に、鼻づまりで味覚が飛ぶのは当たり前のことで、新型コロナの症状・後遺症?といわれている<味覚障害>を聞いた時には、
「味覚障害?鼻が詰まっているのではなく?」
と眉をひそめてしまいました。
風邪慣れしている私ですら、風邪をひくたびに「あーつら、〇ぬかも…」と思うくらい辛い思いをするのですから、普段 風邪とは縁がない方が、新型コロナ感染症にかかったりしたら、それはそれは とても辛いだろうと、想像に難くありません。
それが
「新型コロナにかかると味が分からなくなる」
「新型コロナにかかると、死ぬほどつらい」
という声が、エコーチャンバー的に社会全体に広がったのを見聞きした時の感想が、冒頭の一言です。
「世間の人(々)は、こんなに風邪をひかないものなのか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
健康的な若年層を重篤化の標的とする感染症のパンデミックであれば(例えば 強毒型インフルエンザ)、
いくら感染症慣れしている私であっても、その警戒レベルを最大限まで引き上げます。
しかし、新型コロナ感染症については、その症状やターゲットをみていても、私にとってはどうしても<タチの悪い風邪>程度にしか見えませんでした。
(新型コロナ感染症でお亡くなりになった方、新型コロナ用のワクチン接種で急変された方、並びに、コロナ禍関連でお亡くなりなった方には、心よりお悔やみ申し上げます)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この話のどこが<共感>なのか。
例えば、自分以外の人が柱の角で足の小趾を打つ瞬間を見た時、
「うわッ、痛ッ⁉」
と感じます。
極論すれば、これが<共感>のベーシック。
喜怒哀楽の中でも苦痛は飛びぬけて、(他の)人の伝播しやすいものです。
ですが、
どちらか一方が(もしくは複数人の何名かが)、<その>苦痛を知らない(知らなかった)場合、それは伝播しえません。
新型コロナ感染症で<風邪症状の辛さ>を知った人々は、それまでに、もし 学校や職場で風邪で休んだ人がいたとしても、その人に対して
「風邪ぐらいで何日も休まんやろ」(感染力保持期間は休むとかいう設定は抜きにして)
と心無い思いを抱いていたかもしれません。
しかし、実際に 自身が当事者(新型コロナ感染症で発熱以上の症状を体験した)の経験をした以降は、その症状に対する見方が大きく変わったのではないでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『喜怒哀楽のような基礎的な<情動>については、遺伝子で規定され、人間ならば先天的に備えているだろう。
本当の意味での<共感力>とは、その先にあるより人間的に高度な<感情>や<心の機微>についてのシンクロナイゼーションだ』
というのが、意識高い系な方々の一般的な見解。
しかし、
そのデフォルトとされている情動の共感は、個人差(個体差)が大きく、
さらに、後天的な学習(強化)レベルにも個人差(個体差)がある、というのが事実です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ケア現場で、
「この人は(自身が)熱を出したことがないのか?」
「この人は、(病気やケガの)痛みというものを知らないのか」
と思ってしまうくらい鈍感な介護職やケアラーに出会うことが少なくありません。
今、この方が(ケアが必要な方)が、
どのような状態で(病気、症状、ケガ、意識、環境)、
どのような苦痛を、
どの程度、
どのように感じていて、
どうしたら、それを軽くできるか、取り除けるか、
それについて恐ろしく無頓着にみえてしまうケア・介護は、みなさんが思っている以上に多いです。
『(介護の)専門だから』
というのは、間違いなくバイアスです。
<共感>の質は、
職業的な専門性よりも<人間力>に決定されていると断言します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
身も蓋もない話の最後に一つだけ…
現場の見地から、介護職の<共感(力)>の見定めについてお話させていただくならば、
それは
<声掛け>です。