03/06/2026
「身体感覚」というと皆さんはどのように理解されるでしょうか。一般には、いわゆる五感を含む感覚すべてを指すものと理解されることが多いようです。しかし、生理学では五感のような外界からの感覚以外で筋肉や関節の動きの感覚を身体感覚と言います。筋肉が緊張した状態や弛緩した状態の感覚です。
身体感覚は、最も根源的な感覚です。環境との関係の中で、環境に適応するためには、動きに関する何らかのフィードバックがなければなりません。したがって、心にかかわる問題について考察するときにも、身体感覚が重要な役割をもちます。
からだの状態は心の状態に深くかかわりをもっています。たとえば、突然蛇を見たときに心拍数が多くなることからも分かるように恐怖心と筋肉の緊張とは密接に関連しています。ここに「心身一如」の現象が見られます。
人間の動きには、意志によって制御できる随意性と、反射的で生得的な不随意性と二つの性質があります。随意性とは、わたしの意のままにできること、不随意性とは、わたしの意のままにならないことを言います。これは分かりやすい分類ですが、少し単純すぎるところがあります。動きには反射的でもあり、意志的にも制御できるといった両方の性質をもつものがあります。たとえば、呼吸です。睡眠中は反射的に呼吸しています。一方深呼吸をするときは、意志的に呼吸しています。このように呼吸は異なる二つの反応をしています。したがって、このような性質をもった動きは、単純に随意性や不随意性という分類を適用するわけにはいきません。それ以上に、人間のからだの働きというのは、実はそのほとんどが不随意性で無意識的に行われています。自分のからだは自分の思い通りにならないというのが事実です。その事実から目を背けることはできません。その事実を深く理解し、受け容れて生きることこそがからだと心を健康に保つ秘訣なのです。
からだが健全でなければ心の安寧(あんねい)を得ることなどできないでしょう。人間の意志的な努力を手放し、からだと心を自ずからなる働きに任せておおらかに生きることで、そこから起ち上がってくるものを受け容れることのできる能力が培われてくると思います。
「そうする」から、「そうなる」という発酵のような進化は、「自分のからだは意志的にコントロールできない」という深い気づきがなければ起こらないでしょう。